先日、“逆ものさし講”に初めて参加させて頂きました。

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そこで様々な気付きを頂くと共に、本を読む事が足りてない事を反省させられました。

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清水店長の印象は、とてもユーモアがあり解り易く話される姿は、“おーい龍馬”に出てくる吉田松陰の様な感じでしょうか…。

中でも私が一番感じた事は、私自身の頭の固さです。偏った見方や考え方をしてないつもりが、実は偏った考え方や見方をしている事です。

それは考え方には逆にして見る事が本来の姿であり、大正時代前はそれが当たり前に身に付いて事だそうです。残念ながら明治以降、特に現代においては西洋の文化や思想、考え方が優れていると勘違いしてしまい取り入れ過ぎた事が、日本人の頭を固くしシャレの通じず、ジョークの一つも言えないユーモアの欠けた人間を作り出している様です。

これらの要因の一つにもなるとの事ですが、読書には縦糸の読書と横糸の読書があり、時代が変わっても変わらないものを教えているのが“縦糸の読書”、時代が変わったら変わってしまう内容が無いものを“横糸の読書”と分けると、現代ではほとんどが“横糸の読書”が読まれている事にあります。

よく考えてみると、私も読書の半分くらいは横糸の読書になっており、私が成功する為のビジネス書を読んでいた事で「私が◯○」と“自分”中心の考え(成功や幸せ等)となっている事で少々恥ずかしくなりました。

人間は繋がっているので「私が、私が」の本を読む事が良いわけでありません。例えば3.11の東日本大震災で起きた原発事故。テレビの影響か、いつしか福島の問題という印象にすり替わっている気になってましたが、これは日本の問題であり、日本人(国民)の問題でもあると言われた時、ハッとしたと同時に日本人らしさや人間らしさの横糸の読書をし内面改革(豊かな発想を持ち自分で考えて、行動を起こす事)に励まなければと気付かされました。

地動説→皆繋がっている。何かしらの影響を受けている。
天動説→自分が中心で天(周り)が動いている考え。まさに「私が」の世界観。

だからこそ大切なのが『社会建設』の意識であり、私が今回初めて知った(考え方が変わった)ワードになります。簡単に言えば、損得を超えた意識で社会に貢献しているか?です。
参考にすべき人として、西郷隆盛・二宮尊徳・上杉鷹山・日蓮・中江藤樹方々の“自分がない人”(有名になりたい・偉くなりたい・金持ちになりたい等)を教えて頂きました。余談ですが成功されている方達は縦糸の読書をされているようです。「ビジネス書は中途半端な者が読む」と言われた時は苦笑いでした。

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国家とは仕組みやルールであり、変えて良いもの。また、疑うべきもの。
社会とは縄文時代の稲作から始まり現代まで人として大切な事を積み重ねられたもの。
私達が日本をつくっているという自覚が大切です。

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最後になりますが、人工知能(AI)とは人から脳を取り出したものだそうです。脳を取り出すと人間は人間らしさが露わとなり、1番の人間らしさが争い、戦争が起こる事を懸念されてありました。人間は、豊かになれば堕落する弱い生き物です。“時代の流れ”を追う事も大切でしょうが、私は日本の歴史において変わらないもの(縦糸の読書)を学び続けたいと思います。